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電子国家のインターネットな人びと

関西電子共和国編(96/8)

ビジネス社刊 ISBN4-8284-0686-7 1,400円

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[関西電子共和国]
1995年の4月にインターネット上に開国したバーチャル国家。
現在住民数は約1000人。
住民は、経営者、サラリーマン、主婦、デザイナー、画家、
ミュージシャン、大学教授など、多彩な人々により構成されている。
その活動内容は、法律の制定、首都建設およびパソコン通信によるメーリングリストの交換や、電子社会での経済活動に関する研究会などがある。
そのほか初心者のためのインターネットセミナーを定期的に開催している。
本書は開国一周年を記念して出版された。




バーチャル・ワールドと特別視する必要はない

山本俊夫



インターネットホリックになって

 一九三八年生まれ。ハンドルネームはtyamといいます。実世界では兵庫県伊丹市在住。現在は長年勤めた電機メーカーを定年退職し、映像・通信関係の開発を行なう会社に勤めています。
 パソコン通信歴は十数年、アメリカの「デルフィ」のIDを取得し、併せてKDDの「ビーナスーP」と契約して始めたのがネットワークとの付き合いのスタートです。国内でも「アスキーネット」などが無料で会員を募集してパソコン通信を始めておりました。当然片っ端から加入して楽しんでいました。
 しかし機材は初期の8ビットパソコンで、通信ソフトなんて気のきいたものは無くBASICで自作していました。通信速度も300bpsと低く、音響カップラに電話器のハンドセツトを挿入して使っていました。近くでテレビの音がうるさいと誤動作したり大変でした。  皆さんにとって今は当り前のバックスクロールの出来ない通信画面を想像できるでしょうか。
そのためこれも当り前になったページ制御を作り込むのが大変でした。以来、大手BBSはもちろん、草の根BBSにも手を出し、幅広く顔を出していましたが、生来の筆無精と文才の無さでどちらかと言えばROMで、定住地はNiftyで会社の若手社員とホームパーティを開設して楽しんでおり、はや三年あまりが過ぎました。
 パソコン通信は、私にとって必要な情報が得られる場所、という位置付けで私的利用はもちろん、会社の業務にも役に立っておりました。そんなことでしたから、インターネットと聞けば当然手を出すのは自然の成り行きでした。一昨年の暮にNTTからお試しIDを貰ってWWWを見たのが、私のインターネットとのお付き合いの始まりとなりました。インターネットと付き合うとUNIXが必要で、これは会社で一四年程前にUNIX導入を担当したのが、今になって役に立っております。
 ネットワーカーとしての泣き所は電話代がかさむことですが、それよりも家の電話を占有してひんしゅくを買うことで、今は思いきってINS64を導入して自分専用の回線を持っております。まあリアルに生きていますが、インターネットワーク・ホリックに罹っているというのが実態です。

人間は、その時代時代に順応してきた

 パソコンは、ボードマイコン全盛の時代から趣味としてきました。もう二〇年近く前になりますが、マイコンキットブーム(有名なTK-80が一世を風靡した)の頃、当時会社でもマイクロプロセッサ(いわゆるマイコン)を製品に組み込むことが始まっており勉強してみたかったのですが、あまのじゃくの私としては16ビットのキットを購入して最初はアセンブラから勉強しました。アマチュア無線もやっていたので、通信ログをボードマイコンに機械語で打ち込み、即座に応答出来たので通信相手から不思議がられたりしたのがなつかしい思い出です。
 そのうちボードマイコンに組み込むTiny-BASICがIC(ROM)で売り出されたので、さっそく組み込み、キーボードを取り付けたのが、。パソコンのはしりでした。
 本来ボードマイコンは、マイコンのソフト開発のためのツールでしたが、このブームがパソコンという製品が世に出るきっかけとなりました。私はソフト開発を本業としていませんでしたので、あくまで趣味の世界でのめり込んで、表計算などもBASICで自作しておりました。
 今の会社でMac応用のシステムを開発販売していることから、。パソコンはMacに移行してはや三年、「Macintosh Quadora 840AV」を主としてDTP、ビデオ編集を中心に活用しています。まだ趣味の域を脱していませんが、我が家の工房を「スタジオOAK」と名乗っています。
これからの方向としては、ビデオ編集、コンテンツ制作などマルチメディア関連に興味を持っています。
 十数年のネットワーカーの私にとって、インターネットは一つの進化だ考えています。従来よりも、スピードアップ、マルチメディア化、情報発信の実現などが一層容易になってきた、との認識です。人間は、その時代時代に順応してきたと思います。バーチャル・ワールドと特別視する必要はないと考えています。今このネットワーク社会がリアル・ワールドなんだと思います。
私はB型人間ですので、過去を捨て新しいことに順応することが出来ます(しかし、いささか思い出話が多いのは、歳の所為と笑って下さい)。つまり、多くは期待していません。今を生きて行くことが大事と考え、毎日が試行錯誤であっていいのではないでしょうか。ただ、トレンドを自分なりに予測することが、過去の経験から大事であることと認識しています。

バーチャルをよりリアルに

 私は関西電子共和国建国時の住民ではないのですが、建国の話は九五年三月の新聞に載っていたので、以来興味を持っていました。
 当時会社におられた○○○○さんが建国時に国民になられており、お話を伺っておりました。
その後、○○○○さんが身近におられなくなったことと、家にINS64を導入して回線が強化されたのを機に、加入したくなり、同年八月に入国手続きをしました。すでに六月には自分のホームページを持っておりましたので、入国1週間後には共和国のコスモタウンに住居を持たせていただきました。
 新国民としてまだよく理解出来ていない関西電子共和国を知りたいと思い、入国後すぐのオフミーティングに出させていただいたのがきっかけで、私にとってはアレヨアレヨという間に、ささやかですが活動に入ってしまいました。
 私の関心はやはり、これからはインターネット上でのビジネスがどうなっていくのか、あるいはどうすべきかということですので、電子ビジネス研究所に加わらせていただきました。
 インターネットビジネスは、バーチャルを名乗っていますが、リアルな世界でもあると思います。会社の業務で、CALSを担当していることもあり、国民の皆さんの興味も多かったのでCALSリンクページを作成したのがきっかけで、今はCALS研究員として活動を始めたところです。新国民になった折り、何かお手伝いをと考えていた矢先、救援隊募集がありましたので応募すると、たちまち国民の「インターネット接続救援隊MACチームリーダー」を仰せつかりました。接続作業は簡単に見えて、うまくいかない時はなかなか苦労するものです。自分の経験がお役に立てれば幸いです。また、家にはスキャナーとOCRソフトがあるので、関西電子共和国に関する報道記事のデジタル記録員として、過去の報道記事をHTML化して保存しております。
 いま、建国一年が経っているのに、国民の中からよく見えない、わからないといわれます。たしかに一部の区画は極めて活発に活動しておられますが、各国民が自発性を持つには、長い時間を必要とします。関西電子共和国は壮大な実験です。国家には、施政者と国民があり、国民の多くは「私食べる人」の方が気楽で多数派ではないでしょうか。しかし施政者には不満を持つというのが世の習いです。ただ、国家のステアリングまで気長に待つというのでは、いけません。リアルな世界を持ち込まず、バーチャルな世界はどうあるべきか、を追求するあまり、混沌と無秩序が入ってきても困ります。
 私は、前にも述べましたがインターネットはリアル・ワールドと考えています。バーチャル国家であっても、リアル世界の見識、常識のもと構築していくべきだと考えます。とはいえ生来のんびり屋ですので、「難しいことは性に合いませんのですわ」「難しい議論よりぼちぼちゃっていきましょうや」ということで、住まわして貰ってます。



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